「貴社向け輸送のCO2排出量データを提出してほしい」——大手取引先からのこの要請が、サステナビリティ部門ではなく物流部門に届き始めている。企業のサプライチェーン排出量(Scope 3)のうち、物流に関わる排出はカテゴリ4(輸送・配送〔上流〕)とカテゴリ9(同〔下流〕)に整理され、算定の材料になる輸送データを握っているのは物流の現場だからだ。本稿は、カテゴリ4・9の切り分けの基準、国内2つのガイドラインに基づく算定手法、ISO 14083など国際標準との接続、省エネ法・改正物流効率化法の報告制度との関係、そして算定を削減につなげる筋道までを、一次資料に沿って整理する。
物流のScope3とは — 15カテゴリのうちカテゴリ4・9
GHGプロトコル(温室効果ガス算定の国際的な共通基準)は、企業活動に伴う排出量をScope 1(自社による直接排出)、Scope 2(購入した電気・熱に伴う間接排出)、Scope 3(それ以外の間接排出=バリューチェーン排出量)の3区分で捉える。Scope 3はさらに15のカテゴリに分類され、このうち物流に直接対応するのが、カテゴリ4「輸送、配送(上流)」とカテゴリ9「輸送、配送(下流)」である(出典:環境省・経済産業省『サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン ver.2.7』2025年3月)。
荷主企業にとってこの2カテゴリが重要なのは、自社でトラックを保有しない限り、輸送の排出がScope 1ではなくScope 3に計上されるからだ。委託した運送会社の車両が燃やす軽油は、運送会社にとってはScope 1だが、荷主にとってはカテゴリ4・9として自社のバリューチェーン排出量に入ってくる。「運んでいるのは他社」でも「排出量は自社の開示対象」——この構図が、物流部門を算定実務の当事者にしている。
算定への圧力は制度面からも強まっている。日本ではサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が2025年3月に国内のサステナビリティ開示基準を確定させ、2026年2月の開示府令等の改正により、プライム上場企業のうち平均時価総額の大きい企業から有価証券報告書での開示が段階的に義務化されることが確定した(時価総額3兆円以上は2027年3月期から)。大手荷主が自社のScope 3を開示するには取引先の輸送データが要る——開示要請が商流を下って中堅の荷主や物流事業者に届くのは、この連鎖の帰結である。物流業界の環境規制の全体像は物流業界の環境問題の記事で扱っているため、以下では算定の方法論に絞る。
カテゴリ4とカテゴリ9の切り分け — 基準は「誰が運賃を払っているか」
直感的には「調達がカテゴリ4、販売がカテゴリ9」と整理したくなるが、これは正確ではない。基本ガイドラインの整理では、カテゴリ4には「購入した製品・サービスのサプライヤーから自社への輸送」に加えて、「自社が費用を負担している輸送・配送」が含まれる。つまり自社から顧客へ届ける販売物流であっても、運賃を自社が支払っていればカテゴリ4に計上する。カテゴリ9に残るのは、販売した製品のその先の輸送・流通のうち、自社が費用を負担していないもの——卸に納品した後の小売への配送などである。なお、カテゴリ4・9の対象は輸送だけではなく、物流拠点での荷役・保管に伴う排出も含まれる。
| 輸送の場面 | 計上先 |
|---|---|
| サプライヤーから自社への調達輸送 | カテゴリ4 |
| 自社から顧客への出荷輸送(運賃元払い=自社負担) | カテゴリ4 |
| 自社から顧客への出荷輸送(着払い=顧客負担) | カテゴリ9 |
| 卸へ販売した製品の、卸から小売への配送 | カテゴリ9 |
| 自社保有トラックによる輸送 | Scope 1(Scope 3ではない) |
では、自社の商流でどの輸送の運賃を誰が負担しているか——即答できるだろうか。日本の商慣行では、出荷輸送の運賃を売り手(発荷主)が負担する元払いが広く使われている。このため国内メーカーの多くでは、調達物流も販売物流もまとめてカテゴリ4に入り、カテゴリ9は相対的に小さくなる。区分を取り違えても排出量の合計は変わらないものの、カテゴリ別の開示やSBT(科学的根拠に基づく削減目標)の設定では切り分けの正確さが問われるため、最初に自社の運賃負担の商流を棚卸ししておきたい。
算定の実務 — 排出量=活動量×排出原単位と、精度の階段
算定の基本式はシンプルで、排出量=活動量(燃料使用量、輸送トンキロなど)×排出原単位である。問題は、どのデータを活動量に使うかだ。経済産業省・国土交通省の『ロジスティクス分野におけるCO2排出量算定方法 共同ガイドライン Ver.3.2』(2023年6月)は、精度の高い順に4つの手法を整理している。
- 燃料法──輸送に使った燃料使用量の実測値から算定する。最も精度が高い。
- 燃費法──走行距離と燃費から燃料使用量を推計して算定する。
- 改良トンキロ法──貨物重量×輸送距離に、車種・積載率別に細分化された排出原単位を掛ける。荷主が自社データで回しやすい。
- 従来トンキロ法──輸送モード別の平均原単位を使う、最も粗い方法。
実務の現実解は「まず改良トンキロ法で全体像をつかみ、排出量の大きい輸送レーンから燃料法・燃費法に精緻化していく」段階的なアプローチである。委託輸送で燃料使用量の実測値を最初から全レーンで集めるのは難しいが、自社の出荷データ(重量・距離)があれば改良トンキロ法は回り始める。算定を止めないことを優先し、自社データが届かない領域は、環境省がグリーン・バリューチェーンプラットフォームで公開する排出原単位データベースで補完すればよい。
国際標準との接続 — ISO 14083とGLECフレームワーク
国内ガイドラインと並行して、国際的には2023年に発行されたISO 14083が、貨物・旅客輸送チェーンの温室効果ガス排出量算定の国際規格として位置付けを確立しつつある。土台になったのは、物流分野の排出量算定を推進する国際組織Smart Freight Centreが策定してきたGLECフレームワークで、道路・鉄道・海運・空運のすべての輸送モードを一貫した方法論でカバーする。欧州の顧客やグローバル荷主からの開示要請では、ISO 14083への準拠が前提として挙がる場面が目立つようになっている。
国内でも接続の動きがある。電子情報技術産業協会(JEITA)が運営するGreen x Digitalコンソーシアムは2024年9月、『物流CO2可視化のためのガイドライン Version 1.0』を公表し、国内の算定実務とISO 14083の橋渡しを図っている。当面は「国内の制度報告は基本ガイドライン・共同ガイドライン、海外取引先への回答はISO 14083/GLEC」という二本立てで捉えるのが現実的だ。
省エネ法・改正物流効率化法との関係 — 三つの報告、一つのデータ基盤
Scope 3の算定を検討する荷主の多くは、既に法定報告を抱えている。年間輸送量3,000万トンキロ以上の荷主は省エネ法の「特定荷主」として、エネルギー使用の合理化に関する中長期計画書と定期報告書を毎年6月末までに提出する(出典:資源エネルギー庁『特定荷主の義務内容』)。一方、年度取扱貨物9万トン以上の荷主は改正物流効率化法の「特定荷主」として、物流効率化の中長期計画書と定期報告を求められる。同じ「特定荷主」という語が、二つの法律で別の基準を持つ点には注意したい。
| 制度 | 対象 | 報告の中身 |
|---|---|---|
| 省エネ法(荷主に係る措置) | 年間輸送量3,000万トンキロ以上の特定荷主 | エネルギー使用量・原単位の定期報告と中長期計画書(毎年6月末) |
| 改正物流効率化法 | 年度取扱貨物9万トン以上の特定荷主 | 積載効率の向上等に関する中長期計画書と定期報告 |
| Scope 3開示(SSBJ基準) | プライム上場の時価総額上位から段階適用(3兆円以上は2027年3月期〜)。取引先からの要請は規模を問わず | カテゴリ4・9を含むバリューチェーン排出量 |
注目すべきは、三つの報告の基礎データがほぼ同じという事実である。輸送の重量・距離・積載率・燃料が揃えば、省エネ法のエネルギー使用量も、物流効率化法の積載効率も、Scope 3のカテゴリ4・9も、同じ基盤から出力できる。報告ごとに別々の集計を組むのではなく、輸送データ基盤を一度整えて三役をこなさせる——これが最も工数の少ない設計だ。物流効率化法の中長期計画書の書き方は特定荷主の実務ガイドで、法全体の構造は改正物流効率化法の記事で詳しく扱っている。
算定から削減へ — レバーは物流効率化と同じ方向を向く
算定はゴールではなく、削減の起点である。カテゴリ4・9を減らすレバーは、積載効率の向上、共同輸配送、モーダルシフト、拠点配置の見直しによる輸送距離の短縮、車両の電動化や低炭素燃料への切り替え——いずれも輸送の無駄を減らす打ち手であり、改正物流効率化法が求める効率化の方向と重なる。トンキロ法の算定式に立ち返れば、排出を減らすには重量×距離を減らすか原単位を下げるかしかなく、原単位を下げる行為こそが積載率向上や大型化といった効率化そのものだからだ。実際、食品大手の共同物流会社F-LINEは、北海道での共同配送拠点の集約により配送回数を減らし、CO2を約16%削減する見込みを示した(出典:食品メーカー6社・F-LINE共同プレスリリース、2023年7月)。共同輸配送という効率化施策が、そのまま荷主のカテゴリ4削減として計上される構図である。
各論はすでに個別記事で扱っている。共同輸配送の組み方と国内実例は共同物流の記事、荷待ち・荷役や積載率など効率化施策の全体メニューは物流効率化の実務メニュー、脱炭素を取引条件・経営戦略の文脈で捉える視点はサステナビリティの記事に詳しい。本稿の観点から一つ付け加えるなら、削減施策の効果は必ず算定と同じ方法論で測ることだ。施策の前後で算定手法を変えると、削減効果が方法論の差に埋もれてしまう。
データ収集の組織実務 — 委託先とどう組み、誰がオーナーになるか
算定の最大の壁は、数式ではなくデータ収集にある。委託運送会社や3PLが持つ燃料・走行・積載のデータは、頼めば自動的に出てくるものではない。データ提供の範囲・粒度・頻度を運送委託契約や業務委託のSLAに明示的に組み込み、可能なら様式も揃える。前述のGreen x Digitalのガイドラインのような共通様式に寄せておけば、複数の荷主から同様の要請を受ける運送会社側の負担も減る。
社内の体制も論点になる。サステナビリティ部門が算定のとりまとめを担う企業は多いが、輸送データの意味——なぜこのレーンの積載率が低いのか、どの委託先がどの走行データを持つのか——を判断できるのは物流部門である。国土交通省の提言『物流統括管理者(CLO)に期待される姿』は、CLOの責任範囲に地球温暖化対策等の環境保全を明示しており、Scope 3算定のオーナーシップは物流統括管理者(CLO)が握るのが筋になる。
実装の選択肢も広がっている。排出量算定サービスやTMS(輸送管理システム)のCO2算定機能を使う方法のほか、データ集計・変換の自動化にAIを活用する道もあり、AI導入の実行・定着まで伴走する『AX Boost』(https://axboost.jp/)のようなサービスも選択肢の一つになる。算定基準の解釈やSBT申請のように専門知識が要る局面では、サステナビリティ領域の専門家プラットフォーム『Sasla』(https://sasla.jp/)でスポットの知見を借りる方法もある。いずれも、輸送データのオーナーシップを社内の誰が握るかを決めてから使うのが前提だ。
CLO Careerは、サステナビリティ対応を含む物流統括の責任を担えるCLO人材の招聘・業務委託・育成を支援している。Scope 3算定を機に物流の統括体制を見直したい企業のご相談は、守秘契約のもとで受け付けている。
よくある質問(FAQ)
References
- 環境省・経済産業省『サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン ver.2.7』2025年3月 https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/tools/GuideLine_ver.2.7.pdf
- 経済産業省・国土交通省『ロジスティクス分野におけるCO2排出量算定方法 共同ガイドライン Ver.3.2』2023年6月 https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saving/ninushi/pdf/guidelinev3.2.pdf
- 環境省 グリーン・バリューチェーンプラットフォーム『排出量算定に関するガイドライン』 https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/estimate_04.html
- 環境省 グリーン・バリューチェーンプラットフォーム『排出原単位データベース』 https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/estimate_05.html
- 金融庁「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正(2026年2月20日公布 — SSBJ基準のプライム上場・時価総額上位への段階適用を規定)
- Smart Freight Centre『GLEC Framework』(ISO 14083の実装ガイド) https://www.smartfreightcentre.org/en/our-programs/emissions-accounting/global-logistics-emissions-council/calculate-report-glec-framework/
- Green x Digital コンソーシアム『物流CO2可視化のためのガイドライン Version 1.0』2024年9月 https://www.gxdc.jp/pdf/LogisticsCO2GuidelineVersion_1.0.pdf
- 資源エネルギー庁『特定荷主の義務内容』(省エネポータルサイト) https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saving/enterprise/transport/obligation/
- 国土交通省『運輸部門における二酸化炭素排出量』 https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000007.html
- 国土交通省『物流統括管理者(CLO)に期待される姿』令和8年3月 https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001992615.pdf
- 株式会社 KI Strategy『AX Boost』 https://axboost.jp/
- Sasla(サステナビリティ領域の専門家プラットフォーム) https://sasla.jp/



