フィジカルインターネット(Physical Internet, PI)は、インターネットがデータをパケットに分割して共有ネットワーク上で運ぶように、物流の貨物も標準化された容器に積み替えながら、業界の垣根を越えた共有ネットワークで運ぶ——という長期構想である。日本では経済産業省と国土交通省が2021年10月に『フィジカルインターネット実現会議』を設置し、2022年3月に2040年を目標年とするロードマップを取りまとめた。本稿は、この実現会議のロードマップを主題に、PIの定義と語源、なぜ今この構想が政策の中心に置かれたのか、標準化という前提条件、共同物流との関係、欧州ALICEとの対照、そして企業が『2040年の理想』から逆算して今日から踏み出せる第一歩までを、一次資料に基づいて整理する。
フィジカルインターネットとは — 定義と語源
フィジカルインターネットは、2011年にジョージア工科大学のブノア・モントルイユ(Benoit Montreuil)教授らが提唱した、物流の将来ビジョンである。発想の源はデジタルのインターネットにある。かつて通信は送り手と受け手を結ぶ専有回線(電話交換)で成り立っていたが、現在はデータを小さなパケットに分割し、複数の経路を共有しながら宛先まで届けるパケット交換方式へと移行した。この『共有された開かれたネットワークでパケットを運ぶ』仕組みを、物理的な貨物の世界に持ち込もうというのがPIの中核アイデアである。
実現会議のロードマップは、この比喩を物流に対応させて説明する。インターネットの『パケット』に当たるのが、標準化された輸送容器(PIコンテナ)である。『ルーター(パケット交換機)』に当たるのが、貨物を仕分け・積み替える物流拠点である。そして『プロトコル』に当たるのが、誰のどんな貨物でも同じ手順で扱えるようにする標準とデータ連携の取り決めだ。要は、一社が専有する物流網ではなく、誰の貨物でも流せる『開かれた共有網』で運ぶ——それがPIの骨格である。
- コンテナ(容器)──規格が統一されたモジュラーな輸送容器。デジタルのパケットに相当し、PIコンテナ(πコンテナ)と呼ばれる。
- ハブ(拠点)──貨物を積み替え・仕分けする物流拠点。専有ではなくオープンに共用される。
- プロトコル(手順)──識別・荷役・データ交換の標準。どの事業者の貨物でも同じルールで扱えるようにする取り決め。
重要なのは、PIが特定の技術や製品ではなく『物流の運び方そのものを共有ネットワーク型に作り替える』という構造の構想である点だ。だからこそ、一社の努力では到達できず、業界全体・社会全体の標準化と合意形成が前提になる。この性格が、後述するロードマップの段階設計と、CLO・物流戦略責任者に求められる役割を規定している。
なぜ今か — 2024年問題・積載率の低下・労働力制約
PIは2011年に提唱された比較的古い概念だが、日本で2021年に政府の会議が立ち上がり政策の中心に置かれた背景には、物流の需給バランスが崩れつつあるという切迫した現実がある。実現会議は、電子商取引の増加、積載効率の低下、人口減少に伴う労働力不足を理由に挙げ、何も手を打たなければ2030年時点で7.5〜10.2兆円の経済損失が発生し、経済全体の成長を制約するおそれがあるとして設置された(経済産業省・国土交通省『フィジカルインターネット・ロードマップ』2022年3月)。
象徴的なのが、トラックの積載率(積載効率)の長期的な低下である。国土交通省の統計では、営業用トラックの積載効率は2005年の50.3%から2022年度には39.7%まで下がっている(統計の集計方法変更が低下幅を一部押し下げているとの指摘もある)。EC普及による多頻度・小口配送の拡大などが背景にあり、質量ベースで見れば、輸送能力のおよそ6割が使われないまま走ってきた計算になる。個社それぞれが自社の便だけを最適化する従来の発想では、この構造的な非効率を反転させるのは難しい。
そこに労働力制約が重なる。NX総合研究所が国土交通省・経済産業省・農林水産省の検討会で報告した推計では、2024年問題(ドライバーの時間外労働上限規制)により2024年度には輸送能力が14.2%減少し、ドライバー不足が進む2030年度には営業用トラックの輸送能力が34.1%(約9.4億トン)不足する可能性がある。需要に対して供給が二桁の率で足りなくなる——この見通しが、業界横断で運び方を作り替えるPI構想に現実味を与えている。
2024年問題そのものの構造と荷主側の対応については、姉妹記事「物流2024年問題と荷主の責任」(/topics/logistics-2024)、ドライバー不足の論点は「ドライバー不足の構造と荷主が打てる手」(/topics/driver-shortage)で詳述している。本稿はその先にある『2040年の到達像』を扱う。
『フィジカルインターネット実現会議』ロードマップ2040の骨子
経済産業省と国土交通省は2021年10月に『フィジカルインターネット実現会議』を設置し、2022年3月8日に2040年を目標年とするロードマップを公表した。政府による国家レベルのPIロードマップ策定はおそらく世界初であり、PIを提唱した海外の研究者からも評価されている、と実現会議は位置づけている。
ロードマップは、2040年にPIが実現したときに社会へもたらされる価値を、4つに整理している。
- ①効率性──リソースの最大限の活用、CO2排出の削減など。世界で最も効率的な物流をめざす。
- ②強靱性──災害にも備える生産拠点や輸送手段の多様化など。止まらない物流をめざす。
- ③良質な雇用の確保──労働環境の改善、新産業の創造など。成長産業としての物流をめざす。
- ④ユニバーサルサービス化──買い物弱者や地域間格差の解消など。社会インフラとしての物流をめざす。
そしてこの価値を実現するための業界横断的な取組を、6つの項目に整理している。
- ガバナンス──業界横断の合意形成・ルール作りを担う推進体制。
- 物流・商流データプラットフォーム──貨物・取引情報を標準化して共有するデータ基盤。
- 水平連携──同業・異業種間での共同輸配送・拠点共用など、横のつながり。
- 垂直統合──発荷主・物流事業者・着荷主をつなぐ、商流に沿った縦のつながり。
- 物流拠点──積み替え・仕分けを担うハブの装置産業化・自動化。
- 輸送機器──パレット・コンテナ・車両など、運ぶための機器の標準化。
ロードマップが描く時間軸は段階的だ。まず当面は2030年までに業種・業界別のサプライチェーンで物流のデジタル化・効率化(業界ごとのフィジカルインターネット)を進める。その進捗を踏まえて、2030年代に業界の垣根を越えたサプライチェーン効率化(産業界全体のフィジカルインターネット)へと拡張し、2040年に完成期を迎える——という二段構えである。『いきなり社会全体』ではなく『まず業界ごと、次に業界横断』という設計が、企業が今から関与できる入口を規定している。
標準化という前提 — パレット・外装・データ・コンテナ
PIが共有ネットワークとして機能するには、誰の貨物でも同じ手順で積み替えられる『共通の規格』が不可欠だ。データのパケットがどのルーターでも同じプロトコルで処理されるのと同じである。ロードマップは標準化を最重要の前提条件と位置づけ、一貫パレチゼーション、ユニットロードシステムの確立、物流EDI標準の普及、パレットの標準化、PIコンテナの標準化を段階的に進めるとしている。
この標準化は、すでに具体的な政策として動き出している。国土交通省の『官民物流標準化懇談会 パレット標準化推進分科会』は、標準仕様パレットの規格として、国内で最も普及している1100×1100mmサイズの『11型(T11型)』を位置づけ、高さは144〜150mm、最大積載質量は1tなどと設定した。T11型はJIS Z 0601『平パレット』として規格化され、国際規格ISO 6780の1100×1100mmにも対応する。
さらに2023年6月、政府の『我が国の物流の革新に関する関係閣僚会議』が決定した『物流革新に向けた政策パッケージ』は、物流の効率化策として標準仕様パレットの導入と物流データの標準化・連携の促進を掲げた。パレットという物理的な『箱』と、EDI・データプラットフォームという『情報の規格』を両輪で揃えることが、PIの土台になる。
標準化が飛ばせないのは、規格が揃わないと共有が物理的に止まるからだ。たとえばT11型に統一していない荷主の貨物は、共用ハブでいったん別パレットへ積み替える『再パレタイズ』が要る。その積み替え工数こそが、ネットワークに参加する際の見えない障壁になる。逆に言えば、自社の荷姿・外装・伝票・データを標準に寄せていく作業は、2040年を待たずに今日から着手できるPIへの第一歩であり、後述する『逆算の第一歩』の中核でもある。データ標準化と可視化の実装論については、AI・データ活用の観点から「物流×AIで何が変わるか」(/topics/clo-ai)も参照されたい。
シェアリング・共同輸配送との関係
PIをいきなり完成形で捉えると遠い未来の話に見えるが、その手前にある実装可能な形態が、共同輸配送・共同保管・拠点共用といった『シェアリング型物流』である。ロードマップの6項目でいえば『水平連携』に当たる領域だ。複数荷主が拠点・車両・帰り便を共有して積載率を引き上げる共同物流は、PIが目指す『リソースの共有』の現実的な第一歩であり、PI構想と地続きである。
実際、改正物流効率化法は特定荷主に『取引先その他の関係者との連携及び調整』を物流統括管理者(CLO)の統括管理業務として求めており、同業他社との共同物流はその具体的な実装手段になる。共同輸配送・共同調達・共同保管の設計原則、パートナー選定、競争法上の論点は姉妹記事「共同物流の組み方」(/topics/joint-logistics)で詳述しているため、本稿では深入りしない。
ただし、共同物流とPIには重要な違いがある。従来の共同物流は『特定の相手と固定的に組む』クローズドな連携であることが多い。一方PIは『誰とでも、その都度最適な経路で組める』オープンなネットワークを目指す。データがその時々で最適なルーターを経由するように、貨物もパートナーを固定せず流れる——この『オープン化』こそPIの本質だ。1日約7,600台規模の配送網を持つ三菱食品も、自社だけで閉じたサプライチェーンの限界を踏まえ、経産省『CLO取組事例集』で『企業の枠を超えた共同コントロール』を目指すと語っており、固定的な共同物流からオープンな共有網へ、という方向は地続きにある。荷主が打てる効率化施策の全体像は「物流効率化メニュー」(/topics/logistics-efficiency-menu)に整理した。
海外の動向 — 欧州ALICEと日本の位置
欧州ではALICE(Alliance for Logistics Innovation through Collaboration in Europe)——物流イノベーションの産学連携プラットフォーム——が、2040年を到達点とするPIロードマップを日本に先行して提示してきた。日本のロードマップが2040年を目標年に置いたのは、この国際的な到達目標と整合させた面がある。
ALICEのロードマップは、2030年までにPI的な運用を確立し、2030年から2040年にかけて自律的・オープン・共有型のPI運用へと高度化する、という二段階の発展像を描く。垂直・水平のネットワーク相互接続を2030年までに実現し、それを2040年の完全自律型PIネットワークの前提とする構成だ。日本の『まず業界ごと(2030年)、次に業界横断(2040年)』という段階設計と、骨格はよく似ている。
欧州ではPIが脱炭素政策とも強く結びついている。近年もHorizon Europeの枠組みでPI実現と貨物輸送のゼロエミッション化を支援するプロジェクト(IKIGAI、2025〜2028年)が立ち上がるなど、研究・実装の投資が続く。日本のロードマップが世界初の『政府主導』である点は評価される一方、産学のエコシステムの厚みという点では欧州に学ぶべき部分も多い。国内では一般社団法人フィジカルインターネットセンター(J-PIC、2022年6月設立)が実現会議のオブザーバーとして標準ガイドラインの普及などを担い、産学官をつなぐ役割を果たしている。
企業が『2040年の理想』から逆算して今できる第一歩
2040年という目標年は遠い。しかし『遠いから様子見』では、標準化の波が来たときに自社だけが取り残される。PIの本質が標準化とデータ連携にある以上、企業が今日から着手できる第一歩は明確だ。理想形からの逆算で、優先順位の高い順に整理する。
- ①荷姿・外装・パレットを標準に寄せる──自社の荷姿がT11型などの標準パレットに載るか、ユニットロードで扱えるかを点検する。標準化は『誰とでも組める』ための入場券である。
- ②物流データを標準フォーマットで持つ──出荷・在庫・配送のデータをEDI標準・物流情報標準ガイドラインに沿って整備する。データが標準化されていなければ共有ネットワークに接続できない。
- ③可視化基盤を整える──自社の積載率・荷待ち・荷役の実態を数値で把握する。改正物流効率化法の判断基準とも直結し、PI参加の前提にもなる。
- ④水平連携の小さな実験を始める──近接エリア・同一着荷主での共同配送など、低リスクの共同物流から着手し、運用ノウハウと信頼関係を蓄積する。
- ⑤中長期計画にPIへの接続を書き込む──改正物流効率化法の中長期計画書に、『標準化・データ連携・業界連携をどう進めるか』を盛り込み、経営の議題に載せる。
いずれも、PIが完成するのを待つ必要はない。むしろ①〜③は2024年問題・改正物流効率化法への対応そのものと重なっており、目の前の課題への投資が、結果として2040年のネットワークへの接続準備になる。『2024年問題対応』と『PIへの布石』は別物ではなく、同じ作業の表裏である。物流組織の中期的なロードマップの描き方は「2030年に向けた物流組織の進化」(/topics/logistics-2030)も参考になる。
中長期SC構想を担うCLO・物流戦略責任者の役割
PIは、現場改善の積み上げだけでは到達できない。『2040年に自社のサプライチェーンを業界横断ネットワークのどこに位置づけるか』という構想を描き、標準化・データ・連携への投資を経営の意思決定として通す人材が要る。これはまさに、改正物流効率化法が求める物流統括管理者(CLO)が担うべき領域である。
- 標準化への投資判断──短期のコストになりがちなパレット・外装・データ標準化を、中長期のネットワーク接続価値として経営会議に通す力。
- 業界連携の主導──同業他社・業界団体・行政との協議をリードし、自社単独では解けない構造課題を社会全体の取り組みへ接続していく。
- データとデジタルの素養──物流・商流データプラットフォームの設計・接続を、IT・物流テック人材と協働して進められる素地。
- リスクと再編の視点──拠点の共用・統廃合や事業再編が絡む局面で、サプライチェーンの強靱性を損なわずに判断する。
こうした『中長期のSC構想を描けるCLO・物流戦略責任者』は、いまだ人材市場で希少である。標準化や可視化の実装フェーズではAI・データ活用の支援(KI StrategyのAX Boost)が、拠点・事業の再編が絡む局面ではM&A・PMIアドバイザリー(DD-AX)が、それぞれ補完的に機能する。物流役員の役割定義や報酬水準は「CLOの役割と報酬」(/topics/clo-roles-compensation 相当の論点)を含む各記事で扱っている。
CLO Careerを運営するKI Strategyは、エグゼクティブサーチを通じて、こうした中長期SC構想を担えるCLO・SCM幹部の探索を支援している。候補者の方は経歴のコンフィデンシャルな登録を、採用を検討する企業はCLO・物流戦略責任者の採用相談を、いずれも守秘契約のもとで受け付けている。2040年の理想から逆算して動き始める企業ほど、それを担う人材の確保を早く始めている。
References
- 経済産業省・国土交通省『フィジカルインターネット・ロードマップ』2022年3月(フィジカルインターネット実現会議) https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/physical_internet/20220308_report.html
- 経済産業省 報道発表『フィジカルインターネット・ロードマップを取りまとめました!』2022年3月8日 https://www.meti.go.jp/press/2021/03/20220304005/20220304005.html
- 国土交通省 報道発表『フィジカルインターネット・ロードマップをとりまとめました!』 https://www.mlit.go.jp/report/press/tokatsu01_hh_000594.html
- 国土交通省『官民物流標準化懇談会 パレット標準化推進分科会 最終とりまとめ』(標準仕様パレットT11型・JIS Z 0601)
- 経済産業省『CLO取組事例集 — 物流改革の実践と成果』令和8年2月(三菱食品の共同コントロールの取組) https://www.meti.go.jp/policy/economy/distribution/CLO_collection_of_cases.pdf
- 内閣官房『物流革新に向けた政策パッケージ』我が国の物流の革新に関する関係閣僚会議決定 2023年6月 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/buturyu_kakushin/kettei.html
- NX総合研究所 推計(国土交通省・経済産業省・農林水産省 検討会報告、2030年度の輸送能力不足34.1%)
- ALICE(Alliance for Logistics Innovation through Collaboration in Europe)Roadmap to the Physical Internet https://www.etp-logistics.eu/alice-physical-internet-roadmap-released/
- 一般社団法人フィジカルインターネットセンター(J-PIC) https://j-pic.or.jp/about-jpic/
- 関連姉妹記事「共同物流の組み方|競合企業との連携を実現する5つの設計原則」(/topics/joint-logistics)
- 関連姉妹記事「物流効率化メニュー」(/topics/logistics-efficiency-menu)
- 関連姉妹記事「2030年に向けた物流組織の進化」(/topics/logistics-2030)
- 関連姉妹記事「標準的運賃と運賃適正化」(/topics/standard-freight-rate)



