「経済安全保障の担当は、結局どの部署が持つべきか」。これは法務でも調達でも物流でもない、組織設計そのものの問いです。経済安全保障推進法が定める重要物資の安定供給確保(サプライチェーン強靱化)は、貿易管理部が輸出書類を捌くだけでは終わりません。『この物資の調達が止まったら誰が動くのか』を最終的に背負う部署が決まっていない企業ほど、有事に意思決定が宙に浮きます。本稿では一次資料に基づき、所管部署設置の現状、企業が直面する『可視化』の壁、体制の3類型と長短、そして物流・SCM部門との接続点と求められる人材プロファイルを、採用設計の観点から整理します。

経済安全保障推進法と企業のサプライチェーン対応

経済安全保障推進法(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律)は2022年5月11日に成立し、同月18日に公布されました。法律は四つの制度で構成されます。①特定重要物資の安定的な供給の確保(サプライチェーンの強靱化)、②特定社会基盤役務の安定的な提供の確保(基幹インフラ)、③特定重要技術の開発支援、④特許出願の非公開です。このうち企業のサプライチェーンに直接関わる①と③は、先行して2022年8月1日に施行されました(内閣府)。

①の制度では、国民の生存や経済活動が依拠する物資を「特定重要物資」として政令で指定し、その安定供給確保に取り組む民間事業者を支援します。事業者は安定供給確保取組方針を踏まえて供給確保計画を作成し、物資所管大臣の認定を受けることで、助成金・ツーステップローン(長期・低利融資)・株式引受け・信用保証などの支援を受けられる仕組みです(内閣府)。つまり、対象物資を扱う企業にとっては規制対応であると同時に、調達・在庫・拠点戦略を国の支援とともに組み替える機会でもあります。

特定重要物資は2022年12月に11物資(抗菌性物質製剤、肥料、永久磁石、工作機械・産業用ロボット、航空機の部品、半導体、蓄電池、クラウドプログラム、天然ガス、重要鉱物、船舶の部品)が指定され、その後も先端電子部品(コンデンサー・ろ波器)、人工呼吸器・無人航空機・人工衛星・ロケットの部品などが追加され、現時点で計16物資が指定されています(内閣府)。自社が直接の指定対象でなくても、サプライヤーや取引先がこれらを扱う場合、供給網への波及を通じて対応が求められる点に注意が必要です。

16物資
経済安全保障推進法に基づき特定重要物資として指定された物資の数(2022年12月の11物資に先端電子部品・人工呼吸器・無人航空機などが順次追加)。
内閣府「サプライチェーン強靱化の取組」

制度の運用は進んでいます。内閣府によれば、2026年5月19日時点で、最大助成額合計約1.5兆円となる149件の供給確保計画が認定されています。半導体・蓄電池・重要鉱物などへの大型支援が中心であり、対象物資を扱う企業にとって経済安保対応は「コスト」だけでなく、設備投資・国内回帰・調達多元化を後押しする「原資」でもあるのです。

所管部署の現状 — 専門部署か既存部署対応か

では、企業はこの機能を誰に持たせているのか。KPMGコンサルティングとトムソン・ロイターが上場企業および売上高400億円以上の非上場企業を対象に実施した調査(2023年11月8日〜12月27日、回答328社、日本経済新聞報道)によれば、安全保障を担当する部署を設置している企業は6割を超えました。ただし、その内訳が体制設計の実態を物語ります。

  • 専門部署を設置:7.2%──経済安全保障を専門に取り扱う独立部署を持つ企業はごく一部にとどまる。
  • 既存部署で対応:54.5%──経営企画やリスク管理など、既存の部署が経済安保を兼務する形が過半を占める。
  • 未設置:約4割──担当部署を明確に置いていない企業も依然として相当数存在する。

この数字が示すのは、「設置している」という見出しの裏で、実体の多くが既存部署の兼務にとどまるという現実です。専任の経済安保部署を持つ企業は1割に満たず、多くは経営企画・法務・リスク管理が他業務と並行して担っています。兼務は立ち上げ期には合理的です。ただし崩れ始めるのは、調達の多元化や在庫の積み増しに数十億円規模の投資判断が乗ってくる局面です。経営企画が片手間で見ている限り、その稟議を正面から起案して通す当事者が現れず、決裁は先送りになります。

7.2%
経済安全保障を専門に取り扱う部署を設置している企業の割合。担当部署を持つ企業の多くは既存部署(54.5%)での対応にとどまる。
KPMGコンサルティング/トムソン・ロイター調査(日本経済新聞2024年報道)

サプライチェーン課題の中心は『可視化』

体制を論じる前に、何を管理対象とするのかを押さえる必要があります。同調査で経済安保上の課題を尋ねたところ、最も多かったのは「情報収集とリスク評価」で56.1%、続いて「サプライチェーンの可視化」が38.7%でした。いずれも、自社が何をどこから調達し、その先がどこに依存しているかを把握する力に直結する論点です。

可視化が難しいのは、サプライチェーンが多層(ティア構造)だからです。一次取引先までは把握できても、二次・三次のサプライヤーがどの国・どの企業に依存しているかは見えにくく、特定国への過度な集中や代替不能な単一供給源(シングルソース)は、平時には顕在化しません。経済安保はこの『見えない依存』を、規制対応とリスク管理の両面で可視化することを企業に迫ります。

可視化を最終的に支えるのは、データ基盤と分析能力です。調達マスタ・部品表(BOM)・原産地情報・在庫データを統合し、地政学イベントが起きたときに影響範囲を即座に追跡できる——それが理想ですが、システムと人材の双方に投資が要ります。とはいえ最初の一歩は、大がかりなシステムではありません。まず取引金額の大きい主要部品について、一次サプライヤーに『その先(二次)をどの国・どの企業に依存しているか』を書き出してもらい、単一供給源と特定国への集中に印を付ける。この棚卸しだけでも、隠れていた依存は浮かび上がるものです。AIによるデータ統合や常時モニタリングが効いてくるのは、論点を絞り込んだその後でしょう。可視化の遅れは、そのまま有事の初動の遅れに直結します。地政学リスクの構造的な捉え方は /topics/supply-chain-risk-geopolitics で詳述しています。

体制の3類型 — 専任部署・委員会型・貿易管理部継続型

所管部署の置き方に、唯一の正解はありません。事業特性・対象物資への関与度・経営の関心しだいで、現実には次の三つの型に落ち着きます。以下、それぞれの向き不向きを見ていきましょう。

専任部署型

オーナーシップが最も明確になる型です。貿易管理・調達・法務・物流を一つの部署に束ね、経営層への報告ラインも一本化できます。半導体・蓄電池・重要鉱物のように指定物資への関与が深く、供給確保計画の認定まで自社で主導する企業に向きます。難所は人です。規制と調達実務の両方を語れる専門人材は採用市場で薄く、立ち上げに採用投資と時間がかかります。専任部署を置く企業が7.2%にとどまる背景の多くは、この人材確保のハードルにあります。

委員会型(横断タスクフォース)

専任部署を抱えるほどの関与度はないが、全社視点は確保したい企業が採る型です。経営企画・法務・調達・物流・情報システムの代表が集まって部門横断で意思決定し、経営層の関与を構造に組み込めます。年に1〜2件しか指定物資に触れない企業なら、これで足りることも多いでしょう。落とし穴は、委員会が『決める場』にとどまり、決めた後に手を動かす責任部署が空くことです。当社が体制づくりの相談を受ける現場でも、定例で集まって議事録は残るのに施策が前に進まない、という委員会型のつまずきは珍しくありません。事務局を誰が常設で担うかが、機能する委員会と形だけの委員会を分けます。

貿易管理部継続型

安全保障貿易管理(輸出管理)の部署を既に持つ企業が、その延長で経済安保を担う型です。法令対応の経験値が高く、立ち上げの摩擦が小さいのが利点です。実際、国レベルでも同じ動きが起きました。経済産業省は2024年7月、従来の貿易経済協力局を『貿易経済安全保障局』へ改組し、省内の総合調整を担う経済安全保障政策課を新設しています(経産省)——輸出管理の系譜の上に経済安保を接ぐ、まさにこの継続型です。企業の場合に陥りやすいのは、貿易管理が『出す側(輸出規制)』の発想に最適化されているために、経済安保が問う『入る側(調達・供給網の強靱化)』の視点が抜け落ちることです。調達・物流・拠点戦略との接続を意図して設計しないと、規制チェックの部署で止まります。

重要なのは、いずれの型でも「規制を守る部署」で終わらせず、調達・在庫・拠点という事業判断に接続させることです。経済安保を物流・SCMの意思決定に組み込む発想は、組織モデルの設計論として /topics/clo-org-models や、コンプライアンス機能の位置づけを論じた /topics/clo-compliance とも通じます。

物流・調達・SCM部門と経済安保機能の接続

経済安保機能を独立した『規制の島』にしないためには、物流・調達・SCM部門との接続点を具体的に設計する必要があります。実務上、接続が必要になる場面は明確です。

  1. ① 調達多元化の意思決定──特定国・単一供給源への依存を下げる判断には、調達部門のサプライヤー情報と、経済安保視点のリスク評価を突き合わせる必要がある。
  2. ② 在庫・安全在庫の戦略設計──重要物資は途絶リスクに備えた在庫水準の見直しが論点になる。在庫最適化は /topics/inventory-optimization-guide のテーマと直結する。
  3. ③ 拠点・物流網の再設計──国内回帰や調達先の地理的分散は、倉庫立地・輸送ルート・通関体制の再編を伴う。物流ネットワークの実装は物流部門が担う。
  4. ④ コスト構造への反映──強靱化は往々にしてコスト増を伴う。どこまでを許容しどこを支援制度で吸収するかは、コスト構造の理解が前提になる(/topics/logistics-cost-structure)。

これらはいずれも、規制部署だけでは完結せず、物流・調達・SCMの実装力なしには動きません。分かれ目は予算と権限です。調達多元化で増えたコストをどの部署の予算で飲むのかを決められる立場に経済安保機能があれば、規制対応はそのまま供給網の競争力づくりに接続します。逆に権限のない調整役で終われば、可視化の絵を描いたところで前に進みません。国際物流フローや越境調達の視点は /topics/international-logistics-flow が参考になります。

求められる人材プロファイル

体制を機能させる最後のピースは人材です。経済安保機能を担う人材は、単一の専門性では足りません。求められるのは、規制理解・調達/物流の実務・データ分析・経営への翻訳を架橋できる複合型のプロファイルです。

  • 規制・法令の理解──経済安全保障推進法、安全保障貿易管理、外為法などの枠組みを理解し、自社への適用範囲を判断できる。
  • 調達・サプライチェーンの実務知見──ティア構造の依存関係を読み解き、多元化・在庫戦略・拠点再編を実装側の言葉で語れる。
  • データ・可視化のリテラシー──BOM・原産地・在庫データを統合し、リスクを定量的に評価できる。可視化の遅れが課題の上位を占める(38.7%)以上、ここは必須能力になりつつある。
  • 経営への翻訳力──地政学リスクを経営判断(投資・調達・拠点)の言語に変換し、経営層・取締役会に説明できる。

この複合性ゆえに、経済安保人材は社内育成と外部採用の両面から確保する必要があります。とりわけ可視化や調達多元化を主導できる人材が手薄なのは、たまたま数が少ないからではありません。規制は法務・貿易管理で、実装は調達・物流でと、育つ部署が分かれているために、両方を地続きで語れる人材がそもそも生まれにくい——分業の壁が生む構造的な品薄です。この層はCLOやSCM幹部の要件とも重なります。物流・SCMリーダーの人材要件と採用設計は /topics/chro-logistics-talent で詳しく論じています。経営層・CHROが採用要件を設計する際は、規制対応者ではなく『供給網を経営判断に接続できる人材』として定義することが要点です。

重要物資の安定供給と拠点戦略

体制と人材が整っても、最終的に問われるのは拠点とネットワークの判断です。重要物資の安定供給確保は、調達先の地理的分散、国内生産能力の確保、代替供給源の開拓という具体策に落ちます。供給確保計画の認定(前述の149件・最大約1.5兆円)は、まさにこうした投資を国が支援する枠組みであり、設備投資・国内回帰の判断を後押ししています(内閣府)。

拠点戦略は、しばしばM&Aや事業再編を伴うものです。代替供給源の確保や川上工程の内製化となると、自社単独の設備投資にとどまらず、サプライヤーの買収や合弁も選択肢に入ってきます。クロスボーダーの供給網再編とM&Aの論点は /topics/cross-border-logistics-ma で整理しています。重要物資の調達構造を組み替えるディールでは、買収後の供給網統合(PMI)の巧拙こそが成否の分かれ目です。

こうした重要物資の拠点再編やサプライヤー統合をM&A・PMIの観点から検討する局面では、KI Strategyのアドバイザリーサービス DD-AX(M&A/PMI支援)が、供給網の事業デューデリジェンスと統合設計を支援します。サプライチェーンの可視化やデータ統合をAIで前進させたい場合は、AI導入支援の AX Boost が選択肢になります。いずれも経済安保対応を『規制コスト』から『供給網の競争力』へ転化させるための実装支援です。

体制と人材をどう確保するか

ここまでを実務に落とすと、経済安保のサプライチェーン体制づくりは次の順序で進めると整理しやすくなります。

  1. ① オーナーシップを決める──専任部署・委員会・貿易管理部継続のどの型を採るかを、対象物資への関与度と経営の関心から判断する。曖昧な兼務のまま放置しない。
  2. ② 可視化基盤を整える──調達・在庫・原産地データを統合し、ティアの依存関係を見える化する。課題の上位を占める領域から着手する。
  3. ③ 物流・調達・SCMと接続する──規制チェックで終わらせず、調達多元化・在庫・拠点という事業判断に接続するラインを設計する。
  4. ④ 人材を定義し確保する──規制・調達・データ・経営翻訳を架橋する複合型人材を、育成と外部採用の両面で確保する。

このうち最も難所になりやすいのが、④の人材です。経済安保を供給網の競争力に変えられる人材はCLOやSCM幹部の要件と重なり、前述のとおり分業の壁ゆえに層が薄い。経営層・CHROが体制設計と並行して要件を固める段階では、エグゼクティブサーチを通じて要件定義から候補者母集団の把握まで進めるのが現実的でしょう。KI Strategyのエグゼクティブサーチは、物流・SCM・経済安保領域のリーダー人材について、採用相談と候補者登録の両面で支援しています。最後に強調しておきたいのは、専任部署を置けているのがいまだ十社に一社に満たない7.2%だ、という事実です。残る9割の企業にとって現実的な第一手は、立派な専任組織を一足飛びに作ることではありません。まず『この物資が止まったら誰が動くか』のオーナーを一人決め、可視化の棚卸しに着手すること——足場はそこから固まります。

References

  1. 内閣府「サプライチェーン強靱化の取組(重要物資の安定的な供給の確保に関する制度)」 https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/suishinhou/supply_chain/supply_chain.html
  2. 内閣府「経済安全保障推進法」 https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/suishinhou/suishinhou.html
  3. 内閣府「重要物資の安定的な供給の確保(サプライチェーン強靱化)に関する制度全般や技術流出防止について」 https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/suishinhou/supply_chain/doc/sc_gaiyou.pdf
  4. 経済産業省「経済安全保障政策」 https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/index.html
  5. 経済産業省「経済産業省組織令等を改正し、経済産業省の組織を見直します」(2024年7月、貿易経済協力局→貿易経済安全保障局への改組・経済安全保障政策課新設) https://www.meti.go.jp/press/2024/06/20240625003/20240625003.html
  6. 日本経済新聞「経済安保の所管部署、企業の6割が設置 民間調べ」(KPMGコンサルティング/トムソン・ロイター調査、2024年) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC138CR0T10C24A2000000/
  7. 関連記事「物流・SCMリーダーの採用とCHROの人材要件設計」(/topics/chro-logistics-talent)
  8. 関連記事「CLO・物流組織の設計モデル」(/topics/clo-org-models)
  9. 関連記事「サプライチェーンと地政学リスク」(/topics/supply-chain-risk-geopolitics)
  10. 関連記事「クロスボーダー物流のM&A」(/topics/cross-border-logistics-ma)